彼は、団地内のケーキ屋さんに就職し、団地内の幼なじみと友情を育み、団地から一歩も出ずに暮らしていきます。
そんな無茶な、とも思いますが、ちょっと冷静になってみると、彼は恵まれているんだな、と気づきます。
だって彼には、恋人がいて、その恋愛の悩みを本音で話せる異性の友達がいて、「師匠」と呼べる上司がいて、困った時に手助けしてくれる親友がいて、普段は目立った介入はしないけれど、最適のときに忠告をしてくれる年長者がいて、はらはらする気もちを抑え、見守ってくれる母親がいます。
団地からすいすい出られる多くの人に、こんな人間関係が持てるでしょうか?
いわば「団地内引きこもり」の彼には、メールやインターネットは無縁です。
…それが孤立から遠ざけたのかも。
彼が団地から出られなくなった理由は、中盤で明かされますが、それがなくても、もしある一定の場所から動けなくなったら、という思考実験はなかなか興味深いものです。
私の周りには、自分の両手の親指と人差し指で四角を作り、「俺って、生まれてからずっと、地図のこの四角の中から出たことないんだよね」と語る人もいます。
そんな人に対し、秋田→東京→神奈川→埼玉→兵庫、といろいろな地域でカルチャーショックを受けた私は、「そんな狭いとこで大丈夫かよ」とつい口にしそうでした。
でも、主人公の状況には、切ないところもあり、30代で「幼年期を卒業」と語る彼に、むしろ同年代の青年より、乗り越えた分、大人っぽさを感じてしまいました。


